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札幌高等裁判所 昭和50年(う)122号 判決

主文

本件控訴を破棄する。

理由

本件控訴の趣意は、札幌検察庁検察官加藤圭一提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人富岡公治提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、いずれもここにこれを引用し、当裁判所はこれに対しつぎのように判断する。

所論は、原判決は、本件公訴事実のうち、有印文書偽造・同行使につき、本件供託金受領証の写真コピー五通(以下本件写真コピピーと称する)は、いずれも被告人がみずからの権限において作成した私文書であり、本件では単に内容虚偽の私文書を作成したにすぎないものであつて、有印公文書偽造罪は成立せず、またその行使罪も成立しない、として無罪の言い渡しをした。しかし、(1)本件写真コピーは複写機によつて複写されたものであつて、従来の手書きによる写と異なり、人の意識を媒介とせず、原本の筆跡・形状をあるがままに写し出し、その内容は原本と全く同一であつて、見る者をして原本の存在とその作成名義人の意思内容を強く認識させることから、原本によるのと同じ証明力をもつものとして作用し、現実に原本と同視しうるだけの社会的機能と効用を有するものであるから、すぐれて原本的性格をもつものである。すなわち本件写真コピーのうち二通(以下宅建業法関係の写真コピーと称する)は、被告人が宅地建物取引業法二五条の規定に基づく宅地建物取引業者の営業保証金に関する供託済届の添付資料としてその所管の北海道上川支庁建設指導課に提出行使したものであるが、同条四項によれば右供託済届には、その供託物受入れの記載のある供託書の写、すなわち供託金受領証の写を添付すれば足り、その原本自体を添付することは要求されていないところ、その場合同支庁に実際に提出される写は手書きによるものはほとんどなく、複写機による写真コピーが大部分であり、同支庁においてもこの写真コピーの場合は原本の内容と形状が正確に再現されるという特質から原本と同視して原本と照合を行うことなく写真コピー自体を信用してそのまま受理していたのが実情であり、また他の三、四の府県においても複写機によるコピーを添付書類として供託済届があつた場合には、右写真コピーを供託書の原本と照合しないで受理する取扱いが行われている。さらに本件写真コピー五通のうち残りの三通(以下建設業法関係の写真コピーと称する)は、いずれも詐欺の犯行発覚を防ぐため、その被害者である建設業者らに対して交付行使したものであるが、その被交付者のうち二名は、いずれも右写真コピーは原本作成者の法務局供託官が作成したものであつて原本と同一のものであると考え受領したことが認められ、また被交付者の一人は右写真コピーをむしろコピーではなく供託官が直接作成した供託金受領証の原本自体であるとさえ思つていたことが認められる。したがつて本件写真コピーは、それ自体原本に代わる文書として、公信力を有し、社会的に適用していたことが明らかであり、しかも原本作成名義人の意思内容を原本に接した場合と同じように感得させるものであるから、本件写真コピーに記載された意識内容は供託官による供託金の受領の証明であると解すべきであり、本件写真コピーはその意識内容の主体たる旭川地方法務局供託官名義の公文書であるといわなければならない。(2)また本件のような写真コピーは一般に何人でも機会があれば事実上自由に作成できるものとしても、それはあくまでも真正な原本が存在する場合にその真正な原本と同一内容の写真コピーを作成する限りにおいて写真コピーの作成が一般に許容されているにとどまり、本件のように原本に不正加工をしこれを利用しその原本の意識内容と全く異なる別個の原本が実際に存るかの如き外観を呈する新たな写真コピーを作成することは、法の許容するところではなく、公文書の写作成の権限を逸脱した違法な行為とみるべきであり、公文書偽造に該当するものといわなければならない。(3)そして、本件写真コピーのように複写機によつて複写された写は、手書きの写の場合と異なり、供託官の記名印および公印の印影は、その形状・特徴共に、朱肉等によつて原本に押印された場合と全く同一に表示されているから、朱肉等により印影が顕出された場合と同視して、有印公文書に該当すると解すべきである。したがつて、本件写真コピーを被告人みずからの権限で作成した私文書とみて、有印公文書偽造・同行使罪の成立を否定した原判決は刑法一五五条一項および一五八条一項の解釈適用を誤つたものといわなければならない、というのである。

そこで、所論に徴して一件記録および証拠物を精査し当審における事実取調の結果をもあわせて考えてみるのに、関係証拠によれば、本件公訴事実中各有印公文書偽造・同行使の事実にほぼ相応する事実すなわち被告人は原判示第一の横領五件及び同第二の詐欺三件(原判決の別紙犯罪一覧表(二)の2、4、6)の各犯行を隠蔽するため、たまたま所持していた旭川地方法務局供託官阿部英雄名義の同供託官の記名押印のある供託金受領証(供託者、北海道観光開発株式会社)を利用し、右各犯行の被害者らを供託者とする前記供託官作成名義の供託金受領証の写真コピー五通を作成しようと考え、昭和四八年七月二六日ころ、旭川市大町二条六丁目被告人方行政書士事務所において、勝手に前記供託金受領証の供託官の記名押印部分をカミソリで切り離したうえ、同日から同年一二月二八日ころまでの間、同所において、五回にわたり、あらかじめ用意してあつた所定の供託書(営業保証)用紙の「供託者の住所・氏名印」欄、「供託金額」欄、及び「供託金受領年月日」欄などに、公訴事実記載のとおり、いずれも年月日を回転ゴム印で押印したほか他の各欄にはボールペンで記入し、そのころ旭川市一条通七丁目長崎屋百貨店一階に所在する有料コピーコーナーにおいて、これを右供託官の記名押印部分と合わせて複写機で複写し、あたかも旭川地方法務局供託官阿部英雄が作成したかのようにみえる供託金受領証の写真コピー五通を作成したうえ、公訴事実記載の各日時場所において、四回にわたり、北海道上川支庁の建設係員に対して宅建業法関係の写真コピー二通を、鈴木盛子ほか二名に対して建設業法の写真コピー三通を、それぞれ提出行使したことを認めることができる。

しかしながら右認定の各事実関係のもとにおいて、被告人が作成した本件写真コピー五通が有印公文書偽造・同行使罪の客体たる公文書に該当するかどうかの点については、当裁判所もまた原判決と同じく消極に解する。

その理由は、原判決が無罪部分の理由として詳細に説示するところとその骨子において同一であるが、なお所論(1)ないし(3)にかんがみ若干の説明を加える。

宅地建物取引業法二五条の規定によれば、宅地建物取引業者は、営業保証金を主たる事務所のもよりの供託所に供託することが、その事業開始の要件とされており、右供託の事実を証するため、その供託物受入れの記載のある供託書の写を添付して、営業保証金を供託した旨をその免許を受けた建設大臣または都道府県知事に届け出ることが要求されているところ、北海道庁では、同法による宅地建物取引業者の免許に関する事務処理要領について昭和四二年四月二一日で北海道建築部長から各支庁長宛に通達(宅地第一七二号)が出されており、右通達によれば、所管の課において宅地建物取引業者の前記営業所保証金に関する供託済届を受理するに当つては、同法の規定に則り、供託済届および右供託書の写を提出させるほか、その際必ず供託書(供託金受領証)の原本(正本)をも提示させ、右写を原本と照合したうえその旨を写に記載すべきものとされている。ところで、関係証拠によれば、本件において、被告人から供託金受領証の写真コピー二通の提出行使を受けた北海道上川支庁建設指導課においては、従来から必ずしも右事務所処理要領に従つた取扱いがなされておらず、右供託済届を受理するに当つては、供託書(供託金受領書)の原本のみを持参した者に対しては、同課においてて右原本の写(ゼロックス)を便宜作成したうえこれを添付資料として受納し右原本を返戻するとか、また複写した写真コピーのみを持参した場合でも、その正確性を信用し原本と照合しないでそのまま受理しており、本件の発生までは、右取扱いでなんら問題を生じなかつたこと、しかし本件の発生を契機として、昭和四九年二月一五日付で北海道庁住宅都市部宅地課長から各支庁建設指導課長宛に、前記事務処理要領に基づき供託書の写は必ず原本と照合確認しその旨を写に記載する取扱いを励行するよう通達の趣旨を徹底させる事務連絡が出され、同支庁においても本件以後は、右通達にそつた取扱いを励行するに至つたこと、また、宅地建物取引業法二五条に基づく供託済届の受理手続について、昭和四七年から同四九年に至る間北海道以外の府県では、供託金受領証の写としてはほとんどすべての場合手書きによるものではなく複写機による写真コピーが提出され受理されているが、その際右写を供託金受領証の原本と必ず照合している県(広島・福井・熊本の三県)もあれば、新規に宅地建物取引業者免許証を交付する場合とか右原本を特に持参している場合に限つて写を原本と照合している県(岐阜・滋賀・埼玉県の四県)もあり、また複写機による写真コピーの場合には、これを全く原本と照合していない府県(京都府・長野・和歌山・福岡の各県)もあつて、その取扱いはまちまちであることがそれぞれ認められる。

右認定の事実によれば、所論のように、宅地建物取引業者の営業保証金に関する供託済届の添付書類として供託金受領証の複写機による写真コピーが提出された場合には、北海道上川支庁では右コピーを原本と照合しないで受理する取扱いが本件発生時まで行われており、また同支庁に限らずその他の四府県においても、そうした写真コピーは原本と照合しないで受理される実情にあつたことが窺われる。こうした取扱い例にもみられるように、一般に複写機による写真コピーが、原本の筆跡形状をあるがままに正確に写し出す特質をもつているため、ある場合においては、原本の存在を証明する文書としてそれ相応の社会的機能と効用を有するものであることは否定しがたいところである。しかしながら、他面、右認定の事実によれば、北海道庁が各支庁宛に発した前記通達では、宅地建物取引業者の営業保証金に関する供託済届の添付書類として供託金受領証の写が提出された場合には、その写が手書きによるものであれ、本件のような複写機による写真コピーであれ、必ずこれを原本と照合すべきものと指示しており、現に上川支庁においても本件以後は右通達の指示に従つて事務処理を行つており、また北海道以外の数県においても、添付書類として供託金受領証の写の提出を受けた場合にはそれが複写機による写真コピーであつてもこれを原本と照合のうえ受理する取扱いを励行しているのである。こうした明確に原本と写とを区別する取扱いは、原判決も指摘するように、写真コピーには、原本から容易に看取できる程度の不正加工の痕跡も出上つた写真コピーの上では転写再現されえないという欠陥があることに由来するものというべく、建設業法関係の写真コピーを含め本件写真コピーが原本と同視しうる証明力ないし社会的機能と効用を有するものとして、原本に代わる文書であるとまでは断定しがたいことを如実に示すものというべきである。

また、およそ写真コピーはいかに正確に原本を複写したものであつても、その紙質・色調などの外観から一見して複写機により複写した写であることが明らかであり、何人もコピーはコピーとしか認識していないのが通常である。すなわち写真コピーは、たとえ写の認証文言を欠く場合でもその記載内容・形式・体裁からみて、そこに複写したところと同じ内容お文言の記載された原本の存在を推認させ、その原本を正確に複写した旨の作成者の意識内容を保有する文書と解しうるとしても、もとより原本そのものの作成名義人の意識内容を直接表示するものではありえない。原本とは全く別個独立の書面なのである。

したがつて、本件写真コピーと原本との上記の差異に着目するとき、たやすく両者を同視しがたく、本件写真コピーが原本に代替する文書としての原本的性格ないし公信力まで有するものとはとうてい解しがたい。これに反する所論の(1)は採用しえない。

さらに検討するのに、本件で問題とされる各供託金受領証は本来これを作成する法的根拠のない建設業法関係の供託金受領証をも含めていずれも供託金の供託を証明する文書として旭川地方法務局供託官から供託者に対して発付される性質ないし体裁のものであつて、原本と別個にその写を作成すること自体が法規上ないしその性質上禁止、制限される類の文書でないことは明らかである。そして、宅地建物取引業法二五条四項は、営業保証金に関する供託済届の添付書類として、供託者において供託金受領証の写しを作成しうる前提としていると解され、併託金受領証はもともと私人の手元において自由にその写を作成しうることの予定されている性質の文書である。してみれば、本件写真コピーは原本の存在を主張立証する者が、その簡易軽便な方法として誰でも自由に作成しうるべく、原本の作成名義人である法務局の供託者から許容され、またはその推定的承諾がある場合に限つて特定の者にのみその写を作成する権限の与えられる文書と解するのは相当でない。

以上の諸点にかんがみれば、所論のように本件写真コピーの作成名義人を原本のそれ(旭川地方法務局供託官阿部英雄作成名義)と同視するのは相当でなく、右コピーの作成権限を有する者を公務所または公務務員に限定すべき根拠も発見しがたい。結局本件写真コピーは被告人が勝手に作成した内容虚偽の私文書であると解しえても、刑法所定の公文書に該当するものでないことは明らかである。それゆえ、被告人の本件写真コピーの作成行使は刑法一五五条一項および一五八条一項の構成要件を充足するものでなく、公文書偽造・同行使罪を構成するものではない。

したがつてその他の判断をするまでもなく、右に反する所論の(1)ないし(3)は採用しがたく、上記説示したところと同旨の原判決にはなんら法令の解釈適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用については同法一八一条三項を適用し、主文のとおり判決をする。

(粕谷俊治 高橋正之 豊永格)

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